リレーエッセイ

#4 物忘れ外来の毎日から

高玉真光

高玉真光

昭和36年 群馬大学医学部大学院修了 医学博士
昭和39年 前橋市で高玉医院を開設
昭和55年 恩師大根田玄寿先生と共に老年病研究所を設立し、
      翌年附属病院を開設
昭和63年 老人保健施設「陽光苑」を開設
現在   (公財)老年病研究所理事長及び附属病院長
     (公社)群馬県老人保健施設協会顧問
     日本プライマリ・ケア学会評議員
     日本内科学会 認定医

 5年程前から物忘れ外来を始めています。
 65才の男性が「最近物忘れがひどくて困っています。人の顔を見ても名前がなかなか出てこなくて、次の日になって突然その人の名前を思い出したり、食前の薬を飲み忘れて食べてから思い出して飲んだり、手帳に書いておかないと約束の時間に間に合わなかったりするようになりました。このままでは困るのでなんとか頭の検査をしてもらえないでしょうか。」という本人からの訴えがしばしま見られていました。
 一方、まず娘さんからの電話で「この頃母が約束の日を間違えたり、買い物をするのに同じものを買ってきて、時々父に叱られているのを見るととてもかわいそうなので、本当に物忘れをする病気なのか診察してみてもらえますか。」というお電話もありました。
 また、70才の女性で「私は先生の妹さんの同級生なのですよ」という話から始まり、「いつも夫から私がしたことが気に入らなくて苦情を言われるのですが、そんなことは無いのです。私は仕事はきちんとしていますし、お買い物も間違わずに出来ます。ですがどうも主人からここが違う、約束が違うと言われるので困ります。」となかなか話が終わらないこともあります。

 一応皆様の言うことは良く聞いた上で、ご本人の場合は検査をして、「別に異常はありませんけれども、65才を過ぎると物忘れをすることもありますので手帳をお使いになると良いと思います。心配ありません。」と説明して納得して頂けることもありますし、希望があれば少量の抗うつ薬を服用して頂くことで改善することも少なくありません。
 娘さんから連絡があった認知症の奥様は「一度診察にお越しになってください。」とお話しても、「私はどこも悪くないからお医者さんには行きたくありません。」と受診を断られることも少なくありません。そのときは「一緒に暮らしている方のお話を聞かせて頂くことが大切です。」と説明し、ご主人や娘さんから困っている症状をお伺いします。
 例えば今まで好きだったお風呂に入らなくなったり、同じ洋服をいつも着ていたり、食事の献立がいつも同じであったり、お友達との交際がうまく行かなくなったりしているなどのお話を聞くとアルツハイマー病の初期ではないかと考えますが、本人に病識が無いときには家族の上手な対応が病状の進行をくい止めるカギとなります。例えば、夕食のおかずも「あら、お母さん上手ね。今度私にも作り方教えてよ。」とか、「お母さん、絹の下着の洗濯はどうにするんだっけ。」とか、「お買いものに連れていってもらいたいわ。」など、娘さんや夫の取り扱いで上手に役に立っている初期の認知症の人も見られます。
 また、夫のことを「困る人だ」と診察室でいろいろ訴えるご婦人の服装を見ると、私の妹の同級生にしてはお髪も乱れ、ブラウスも上着も少し汚れ気味なのをあまり気にしていないようです。いろいろ訴えるので何とか納得して頂いて、MRI検査等で脳の萎縮を見つけ、「この次はご主人と一緒に来て頂けないでしょうか。」と話します。

 物忘れ外来はいつも診察に来られる人ではなく、そのご家族からの情報が非常に大切になります。そして治療もご家族の対応が病状を進行させずに家の中の仕事やお友達との付き合いなどをさらにまとめ、認知症の進行を防ぐカギとなっていることが多いのです。ご家族と一緒に暮らしている方たちは比較的早く認知症の症状を発見して進行をくい止めたり、また上手な対応で楽しく暮らせたり、仕事が出来たりする場合もあるのです。
 老夫婦二人で生活している場合、一人が認知症になった時には夫の対応、あるいは妻の対応が本当に大切です。上手くいけば認知症の初期には庭の掃除や簡単な野菜作り、自治会の軽いお仕事など友達とともに支えられて生活することができます。だんだんと増えてくる一人暮らしの老人の認知症は、なかなか発見が困難で近隣を困らせていることが少なくないのです。
 その点、物忘れ外来に訪れる方はアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症であっても共に生活する家族がいるために幸せであると思います。そして医療だけでなく、介護保険を利用して医師ばかりでなく、介護支援専門員(ケママネージャー)と共にデイサービスやデイケアにつなげ、病状の進行をくい止めたり、家庭を壊さずに生活していく手段があります。

 一人暮らしのお年寄りの時には本当に発見が困難です。実際に認知症の人のお宅を訪問して何とか医療や介護につなげようとする「認知症初期集中チーム」が市町村の地域包括支援センターに試験的にスタートしました。厚労省の認知症対策「オレンジプラン」の一つです。このモデル事業は昨年度、全国で14の市町村で行われ、今年度からは全国100ヶ所の市町村で認知症の人々を早く医療や介護につなげるための方策として行われるようになります。厚労省の5疾病5事業の中にもがん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病、精神疾患の一つとして取り上げられています。
 超高齢社会で多くの人が長生きをするようになると、認知症は避けては通れない疾患で80才以上の4人に1人が、90才以上の2人に1人が認知症の症状を持っていると言われています。これからの超高齢社会にはこうした認知症の人々も含めて地域で共に支えていかなければなりません。
 実地医家のための会は「地域で支える認知症の問題」を取り上げて討論をするようです。どうかお出かけください。